2016年11月6日日曜日

ピカソは子供のように絵を描こうとした

昨日は、人生初のナンパ挑戦日だった。
その内容は「人に道を聞く」というものだった。
これでさえ、大きな挑戦だった。

そして今日は、これを一歩前進させようとした。
昨日と同じメソッドよりも、新しいメソッドを試してみたかった。

今日は眠いし、あまり気分が乗っていたわけじゃないんだが。
ナンパの音声をイヤホンで聞きながら、ナンパ本を読みながらテンションを上げていった。
これはすごく有用な方法で、自分の気分をガラッと変えてくれる。
個人的な意見だが、本を読むわけではなくて、音声も聞いた方が良い。

たとえば英語を覚える時も、英語を浴びるように聴いたり、慣れ親しむことが大きく役立つ。
これと同じで、ナンパに関する情報をシャワーのように浴びて、ナンパという価値観自体に慣れ親しむこと。
「ナンパ目線で世の中を見ること」に自分を慣れさせることは、本当に重要だ。
なぜならナンパするかどうかは、価値観の問題だからだ。

だが、いざ道に出て実践しようとすると、とてもうまくナンパ出来そうになんかない。

「話しかける」「警戒心を解く」「話を弾ませる」「LINEを聞く」「カフェに行く」
そんなイメージを膨らませれば膨らませるほど、自分がキモく思えてきて、とても不可能に思えてくるのだった。
途中で言うことを忘れたらどうするのだろう。

だが「究極の男磨き道 ナンパ」という本には、こんなニュアンスのことが書かれていた。
「トレーニングメニューが間違っていたらなかなか上達しない」と。
そこで俺は、ぐっとハードルを下げて、いまの自分で最もハードルが低く、後味も悪くないフレーズを考え出すことにした。それは、こうだ。

「おつかれっす」
「あ。。。。ごめん、間違えたわ!」

たったこれだけ。

これなら「道を聞く」よりも、もう半分だけ「ナンパの世界」に足を踏み入れている感じがするし、逆に2フレーズだけで終わるので、心理的抵抗も少ない。
俺は初心者だ。ど素人。初心者のうちは、無理に欲張らないことにした。女の子に話しかけても、話を続けようとしない。一瞬でその場を離れる。だから心理的ダメージが少ない。

実際に俺は、このフレーズで3人に声をかけてみた。
このうち二人が、こっちを振り向いてくれた。

1回目は後ろから話しかけて無視された。
2回目は斜め前から話しかけて、向こうが振り向いてくれた。
3回目はそれに加えて「あれ、、、竹中さんですよね?」というフレーズをひとつ加えてみた。

このように挑戦回数自体は3回ながら、少しずつマイナーチェンジを加えていった。
こうして俺は、ナンパ二日目にして、また「地蔵になる」という現象を回避することが出来たのだ。

そして、たったこれだけの行動が、脳のアドレナリンを大きく刺激した。
通行人は、ただの通行人じゃない。
ロールプレイングの「村人」ではなく、自分と関係する可能性がある「登場人物」なのだという、価値観の大きな転換、その兆しを感じた。
(「モテる漫画」参照)
きっとこの先には、すごい世界が広がっている予感がした。

そして、ナンパ二日目にして女の子に声をかけて、そして、それにを後悔もしていない、むしろワクワクしている俺がいる。
街コンから立ち飲みBARにフィールドを移し、店内で守られた安全な場所とは言え、自分から女の子に話しかける訓練をしたことが、経験として役立っている。

「いま、自分にできることをすること」「無理めだったら1クッション置くこと」「大丈夫そうになったら次のステージに挑戦すること」
こうやって少しずつ慣らしていくことは、すべての技術の練習の本質であり、本当に重要なことだと思った。
ハードルが高過ぎれば心が折れてしまうし、逆に低すぎれば成長がない。

ちなみに、こんなオドオドした心理状態の男が、女の子に話しかけることに後ろめたさも感じていた。
女の子を楽しませられる男ならまだしも、俺みたいな臆病な初心者が話しかけるなんて。迷惑以外のなにものでもないのでは?

だけど逆に、こうも考えた。こんな弱っちい状態の男が、女の子を不快にさせたり、傷つけたりすることなど、そもそも不可能なのだと。

そして、何事にも踏み台というものは必要だ。
人は人に多少の迷惑をかけなければ、成長することなんて出来やしない。
「迷惑をかけるかもしれない」と悩みながら、どんどんと時間は過ぎていき、そして人生を終えるのは、あまりにも勿体ない。
「ほんの小さな迷惑をかけること」を恐れて、自分の人生を投げてしまい、女の子たちも楽しませられない。
それよりも人にほんの数秒の、ほんの小さな迷惑をかけて、もっと女の子たちを楽しませられる男になろう。

といっても本当は、これを「迷惑だ」と考えてしまうこと自体が、実は自意識過剰なのだ。

だからこう考える。俺たちはナンパで人に「迷惑をかける」ことなんて出来やしない。
たとえば暴力をふるったり、酔って絡んだり、暴言を吐いたりしたら明らかに「ルール違反」だが、そうではなくて、あくまでのプラスの努力を続けるならば、それが女の子の迷惑になることなどありはしないのだ。

ナンパには価値観の転換が必要だ。
俺たち日本人が錆びついた価値観に溺れきっている、その泥沼から体を洗って、もっと純粋な、ナチュラルな心。
「人という存在自体を肯定する心構え」が必要だ。
と、ナンパ二日目の俺はそんなことを考えている。

「他人は怖い」
「他人に関わってはいけない」
「他人に挨拶してはいけない」
「偶発的な出会いを楽しんではいけない」

こういった狭苦しい考え方、いつの間にかはまってしまった「価値観の罠」を抜け出して、ナチュラルな心を取り戻すこと。
きっとそれがナンパの究極の目的なのではないかと思う。
(ピカソは「子供のような絵を描く」ことに生涯を費やしたという)

君にも幸運を。




ストリート声かけのど素人が自宅で練習した話

この日は1日中、ストリートナンパの音声を聞いたり、ナンパ本を読んだりしていた。
あとは自宅でひたすら、ナンパ声かけのセリフを考えたり、練習したりしていた。

Youtubeにアップされている音声や雰囲気を、まずは自分の口でコピーする。
それをだんだんとアレンジしていく。というか、何回も練習していたら自然にアレンジが加わっていった。
文面で書くとかなり寒いと思うが、たとえば「イタリア帰りの日本人」という設定とか。
「友達の誕生日パーティー帰りで気分が良くて話しかけてしまった」とか「友達が30分だけドンキホーテに行ってて暇」だとか。
「自分は人を一目見るだけで、その人が良い日とか悪い人か、分かる能力がある」とか。
勝手に妄想が広がって、バリエーションが広がっていった。
ナンパのシナリオ、たたき台を作るというのはこういうことなんだなと思った。

あとはたとえば、声をかけて、すぐに相手が去ってしまうパターン。最後まで話しきるパターンとか。色々なパターンを想定して「去られ際の明るい捨てセリフ」とかも考えたアリしていた。
これを繰り返していると、自宅で練習しているだけで緊張を感じた。
自宅で練習しているだけで緊張するのに、ストリートではとてもできないとも感じたりした。
だがこれも「何もしない」よりは一歩の前進だ。

練習でうまくいったからといって、本番でもうまくいくとは限らない。
だがしかし。練習でうまくいかないものは、本番でも絶対にうまくいかない。
ナンパは全てのスポーツ、武道に通ずるものだという認識を深めた。
というよりも、ナンパはコミュニケーションの武道だ。
どんなスポーツ、どんな武道でも「ひとりでの練習時間」があり、それがすごく重要になる。

「自宅での練習」をオススメしているナンパブログはまだ見かけたことがないけれど、ナンパが技術だとするならば、これは絶対に必要なプロセスのはずだ。
本を読んで知識を得て、モチベーションを高める。
自宅で練習して、本番のための準備をする。
そして本番で成果を試して、それがまた経験と課題になる。
この全てのプロセスがバランス良く必要なのではないか。

ところで、この繰り返しの練習でひとつ分かったことは、雰囲気というものはかなりの程度、好きなように自分で作り出せるということだ。
たとえば、とある有名な、猫のような明るくて人懐っこい話し方をするナンパ師。
その音声を聞くと、まったく天性のものであるとしか思えないほどの「愛らしい話し方」をしている。
だけどその音声の話し方をコピーしようとすると、自分の話し方にもその「愛らしさ」「人懐っこい笑い方」が備わってくるようなのだ。
人は話し方も変えられるし、笑い方も変えられる。雰囲気も変えられる。
そもそも、そのナンパブログの著者は、音声に対してテキストで事細かな解説をつけていて、雰囲気も「作りだしたもの」であることがうかがえる。
(というより、雰囲気を作り出せなかったらナンパはできない)

ところで雰囲気を作り出すこと、話し方を変えるということは自分以外になるということではない。
なぜなら我々は無意識に規定された「自分」という枠を、「自分らしさ」だと思い込んでいるだけだからだ。

そんなことを考えながら、ずっと脚本の練習をしていると、いつの間にか時間が経っていた。
自宅で仮想の相手と話しているだけで、かなり疲れてしまった。

そして街に出る。今日は美容室に行く。
これも話す練習だと思って、女性美容師さんと
店員さんだから応じてくれて当たり前なのだが、かなり盛り上がった。
愛想笑以上の手応えを感じた。
ふだんなら感じていた「ちょっとした心の抵抗」や「話疲れでの集中力の低下」を、うまく避けることができた。
「気軽な自分」を抽出することができた。

かなりウキウキした気分のままで街に出る。
この気分のままなら気軽に女の子に話しかけられそうだったけれど、やはり話しかけようとすると行動にストッパーがかかる。
だけど以前よりも心の緊張感自体は低下しているようだ。

まずは一杯、いつもの立ち飲みBARで飲んで、1組だけの女の子たちに話しかける。
「ナンパのフレーズの練習台にしよう」と思ったけれど、いつもよりも意識してしまって、かなり不自然な声かけになってしまった。
今日は夜に普通の友達同士の飲み会があるから、すぐに店を出る。

誰かに話しかけようとするが、とても自宅で練習したような「ナンパチックなフレーズ」では声をかけられそうにない。
俺は「人に道を聞く」という、心理的抵抗がはるかに低いメソッドに切り替えることにした。
それでも、俺は人に道を聞くことでさえ、今まではできなかった。たとえ本当に道に迷っていても、それがおばちゃんでもおばあちゃんでも、見知らぬ人に話しかける抵抗を感じた。
というより、駅員さんに道を聞くことでさえ、ためらうタイプだった。

街コンや飲み会で「お互いに話しても良いお膳立て」が出来ている場合にはすらすらと話せるのだが、
コミュニケーションの「第一ステップ」「自分から接点を作り出すこと」は、本当に人より苦手なタイプだった。

そんな俺が「本当は道を知っているのに、女の子に道を聞く」というのは、かなりハードルが高いことだったのだ。
だがこの日は、3組の女の子に「ただ道を聞いた」。ナンパのフレーズは一回も出していない。
そのうち2組は親切に教えてくれた。1組は「あ、そういうの分からないんで」と立ち去っていった。
そして自分たちを自撮りしている女の子に「撮りましょうか?」と話しかけた。
こうやって、俺は決意の日に、100%の地蔵であることは免れたのだった。

すでにナンパをしている人からすれば、なんとレベルの低い話だと思うかもしれない。
だがたとえば子供は最初、自転車にサドルをつけて走る。
それを「サドルをつけてて恥ずかしいんじゃない?」と言う人がいるだろうか?
それと同じように、まずはサドル付きでスタートしてみた自分だ。
俺はこれを誇らしいと感じた。なぜならとにもかくにも、俺は行動を取ったからだ。
ゼロイチではない。50よりは100の方が良いが、0よりは1の方が良いに決まっている。
そして0と1の間にはものすごく大きな価値の違いがあるのだ。
低い得点を取ることを嫌わないようにしよう。テストを受けないよりは、テストを受けて1点を取ろう。

おそらく初心者が「レベルを下げてゲームをプレイすること」は、ゲームを楽しむためにすごく重要なことだ。
むしろ「レベルを下げる」からこそ今後の「レベルを上げていくこと」ができる。
まずはレベルのいかんをとわず、ゲームに加わること。参加した時点で目標の50%は達成している。そして、プレイしないゲームはクリアできない。

ということで俺は、次の「極限までハードルの低い声のかけ方」はなんだろうと考えている。
この日練習した「ナンパのプロみたいな、気の利いた展開」ではなくて、もっと野暮ったくて、もっとシンプルなものにしよう。

たとえば「おつかれっす」「あ、キャッチとかじゃなくて、ただのナンパのど素人なんですけど」「お姉さんカフェとか無理っすよね」「あ、ですよね。すんませーん」みたいな、うまく断られるためのやつ。
そうだ。ナンパを最初から成功させようとするから、緊張してしまうのではないか。
まずは「多くの女の子に話しかける」「そして断られる」ことを目標に、極限まで、自分が傷つかない守りのフレーズを考えてみる。
なぜなら、ナンパというのは心が折れてしまうことが一番の危険、落とし穴だと聞く。つまり自分のモチベーションを保つことが本当に重要な世界なのだ。

守りの姿勢を「男らしくない」と思う男もいるだろうが、実はこれが、何の問題もない。
なぜなら一番男らしくないのは、何の行動を取らないことだ。
そして完璧を求めすぎたり、深く傷つきすぎたりすると、次の行動が取りづらくなる。
つまり戦略的に「最大限、傷つかない戦略」を取っておきながら、行動の回数を増やすというのは、臆病ではなく戦略なのだ。
そして経験が増えてきた段階で、もう少し自分への負荷を上げて、もう少し大胆な手法を取るようにすれば良い。

俺の場合、これから1ヶ月は「人に道を聞く」「傷つきにくい声かけ」をひたすら続けても良いぐらいだと思う。
そもそも立ち飲みBARに通い始めた時も「年末までは誰とも話さず、毎日通い続けるだけで良い」と、ハードルを極限まで下げて、行動主義で臨んだ俺だ。
浅瀬から入って、だんだんと深いところまで入っていく。無理だと思ったら引き返して、また明日チャレンジする。

しかしそんなことを考えていた俺が、想定よりもずっと早い段階で、ナンパにまで興味を持って、そして行動を起こすというのは、思い返せばすごい状態だなと思う。
これを「ナンパをしようと思ったけど、道しか聞けなかった」と考えるか。
「立ち飲みBARですら苦手意識のあった俺が、2ヶ月でナンパにすら挑戦するようになった」と考えるかは自由だ。
人は案外、自分の成長に関しては無自覚なもので、つい「足りない部分」ばかりを見てしまうが、時には振り返って、自尊心を高めてみるのも良いだろう。

人生は行動したものの勝ちだ。行動するためならば、どんどんハードルを下げて、
成果は急いて求めるな。行動の重要度を引き上げよう。成果よりも行動が10倍尊いと考えるようにしよう。
成果の数ではなく、行動の数で自分を評価するようにしよう。

たとえグズグズしている自分でも、なにかを「しようとしている」ならば、それも行動のうちにカウントして良い。
色々な調べ物をしたり、先人のブログを読んだり、音声を聞いたり、フレーズの練習をしたり。
そういった行動のすべてが、実は「成果」なのだ。

それでは、君にも幸運を。



2016年11月4日金曜日

立ち飲みBARから路上ナンパへフィールドを変えるのか

今日のこの店は男が9割。ビールを一杯だけ飲んで、30分で帰った。

それでも短い間で3組の女の子に話しかけて、そんなに悪くない反応をもらった。
昨日にも増して、俺は羽のように軽い。
「ためらい」というものがほとんどなくなってしまった。

まあ、それがまだ成果には結びついていないけれど。

ただひとつ思うことは、この店ではトライできる回数が限られてくる。
店の中は最高90%ぐらいが男だし、少ないチャンスを皆がせめぎあっているような状況だ。
トライできる回数が少ないということは、失敗できる回数も少ない。
状況によっては、1日に良くて5組にしか話しかけられないかもしれない。
そして仮に途中で1組と仲良くなれば、もう、他の女の子に話しかけにいくわけにはいかない。

チャンスのない状態で、男同士でひしめき合って「待ち」の時間を過ごし続けても、それで何か腕が上達するわけではない。ただただ時間が過ぎてゆくだけ。
街コンよりは男を試されるし、金を搾取はされないものの、俺は少しだけこの店に限界を感じてしまった。

もちろん、俺はこの店ですらまだ、大きな成果を出しているわけではない。
だけども、いや、だからこそ、もっと「失敗の回数」を最大化して、話し方や雰囲気を磨く必要を感じている。
だから最近俺は、路上でのナンパに並々ならない関心を持っている。

来月は路上でナンパをしようか、明日にしようか、今日にしようか、今にしようかなんて考えながら、まだ先延ばしをしている状態だ。
メンタル的に行けるような気もするし、いざやろうとすると固まってしまう気もする。

だが多くのナンパ師が「地蔵状態」を経験するというように、俺も明日「地蔵状態」を経験しにでも出かけようか。
それか、たとえばこう考えるのはどうだろう。今月末までにひとりの女の子にでも道を聞けたら、ノルマはクリアだ、というように。

ドラゴンクエストの勇者は剣を振るうか?

この日は今年で一番、フットワークが軽く、気軽に女の子たちに話しかけた日だった。
家を出るまでは心が重かったのだが、店にたどり着いてからの俺の心は、羽のように軽かった。
どんなに女の子たちがそっけなくても、無視されても、次々と次の相手に話しかけていく。そして、そのたびにまったく落ち込んでいない自分がいた。
なぜなら、出会いの場なんて「こんなものだ」「数をこなしてなんぼだ」とポジティブな諦めができていたからだ。
それよりも大事なのは、より多くの経験を積むこと、チャンスを逃さず一瞬で話しかけることだとわかっていたからだ。

ここから得られた教訓は「家を出る前の気持ち」なんて、あまり関係ないこと。
どうせ店までたどり着けば、女の子たちもたくさんいて、自分のテンションも上がってくる。
家を出た時はテンションが低くても、店に辿りついたときもそうとは限らない。
逆に、家を出た時にどんなにテンションが高くても、店に着くまでにいろいろ考えてしまって、テンションを下げてしまうことだってある。
つまり、気分が乗らない日も、とりあえず店に行ってから考えれば良い。考えるのはそれからだ。

「今日は一杯だけ飲んで帰ろう」なんてハードルを低めて、自分を説得しながら、店にまで足を運ぶ。
そして「帰る前に、一組だけ女の子に話しかけてみようかな」なんて考える。
1か0じゃない。All or Nothingは有害な思考だ。
「大成功」から「失敗」までには実は100段階ぐらいレベルがあって、何もしないのが一番の失敗だ。
この階段は登らないよりも1段登る方が偉いし、100段目までいけなくても、20段ぐらい登るだけでも偉い。
君が完璧主義な性格なら「中途半端は嫌だ」と思うかもしれないが、それでは俺たちは何もできない。0点よりは1点を。1点よりは2点を取っていこう。

ところでこの日、大きく俺の気分に影響していたのは、ナンパ関係の本を日中に読んでいたことだ。
Amazonで「ナンパ」と検索すると1位に出てくる「究極の男磨き道 ナンパ」という本だ。
これはレビューの評価も高く、本当に良い本だ。
他のナンパの本のように、下品なところがない。あとは、他の本より鮮明に「初心者から中級者、そして上級者になるための階段」が描かれている。
俺はこの日、路上でナンパをしたわけではないが、十分に参考になった。

そしてあとひとつは、ナンパの実録音声を聞きながら店までの道を歩いたことだ。
俺は今まで「ナンパの音声」というものを聞いたことがなかったのだが、これがすごかった。
TSUTAYAで会った就活生の心をどんどん開いていくというものだった(たぶんGoogleで検索すれば上位に出てくる)。
毎秒毎秒の会話は小気味よく絶妙なトーンで返されて、すべてのセリフにアクセントをつけていき、常に女の子を笑わせて、なおかつ惹きつけるような感じだ。
おかげで「女の子と話す時は、こういう感じに興味を引けば良いんだ」というイメージが、店に着くまでには描けていた。

今までナンパの音声を聞いたことはなかった。それは何故か。
おそらく自分は無意識に「まったく知らない世界」を知るのが嫌だったのだと思う。
「世の中にはこんなにうまくやっている男がいるのか」と知って、自分とのギャップに愕然とするのが嫌だった。
だから機会がある時も避けていたのだが、ナンパは文字よりも音声の方が、ずっと「伝わってくる情報量」が多い。
これは今後、活かしていかない手はないなと思った。
もちろんこれは俺が出会いの場に通い続けたり、ナンパ本を読んで一定の情報を得ているからこそ、この音声の中にも豊かな情報を見出せたという性質の者だと思う。経験は裏切らない。

俺は昔からどの分野においても独学が好きで、人に学ぶということが嫌いだったのだけれど、それは実は、自分の実力に気づくのが嫌なだけだったのかもしれない。

閑話休題。

ところでこの日は、前にこの店で会った紳士な男が話しかけてくれて、それも良い弾みになった。
男二人で行動したが、まったくパートナーに頼ることなく、自分から行動ができた。
男二人でいても、パートナーに依存することがない。
男同士で相談してから誰かを狙うとか、「パートナーが何とかしてくれるだろう」と期待して、ぐずぐずとチャンスを逃すとか、そういうことはない。チャンスを見つけたら、常に自分から行動する。
これも今までの経験から導き出されたルールだ。

こうやって、ひとつひとつの反省が、次の日に活かされてゆく。
失敗を経験した時は痛いが、このように反省は必ず次の糧になる。

テンポよく、テンションは高く、明るく、落ち込まずに、いろんな女の子に話しかけていく。
ほとんど「3秒ルール」を守れていたように思う。
いつもなら話しかけないような、店の端っこで話している、気の強そうな女の子たちにも話しかける。(経験値は多ければ多いほど良い)
「女子会中ですかー?」と話しかけると、今までなら完全に無視されていたようなケースでも、相手はちょっとだけ怒りながら「女子会中だからー!」と返してくれた。そんなに悪い感じじゃなかった。
「良い断られ方をする」ということ。そして、それさえ楽しめるとうことは、良いマインドセットが出来てきているということだ。

あとはたとえ完全に無視をされても「あ、聞こえてないみたいだ!(笑)」と女の子に聞こえるように言ってみたり。
嫌味じゃない捨て台詞を残すことができた。
こうやって「滑ったアプローチ」や「つれないリアクション」さえコメディ仕立てに楽しんでしまえば、むしろ断られるたびにわくわくしてくる。少しずつテンションが上がってくる。
(「滑った自分」「冷たい女の子たち」という表現じゃないところに注意)
これが「究極の男磨き道 ナンパ」に書かれていた「ナンバーズハイ」というものなのかもしれない。

そしてあまり可愛くはなかったけれど、三組の女の子たちからは好意的な反応が返ってきて、そのうち二組とはけっこう楽しく話した。
そして結果としてはわずかだが、一組の女の子たちとLINEを交換した。

90分ほどは話していただろうか。その間、相手の興味を途切らせないように、最適を心がけて行動する。
たとえば、目の前の女の子に集中する。他の女の子をキョロキョロと眺めたりしない。
自分の集中力が途切れてきた瞬間に気づく。そしてまた復活させる。
自分が「焦って話そうとしている」と気づいたら、心のバランスを整える。
質問をしてばかりじゃなく、会話の中にさりげなく自己開示を忍び込ませる。「血液型オープナー」「妹オープナー」を使う。
恋愛の話をする。女の子が自分から話し始めるように仕掛ける。
女の子が場所を変えてもそれを「拒絶のサイン」だと諦めない(聞いてみると、店内のもう少し空いた場所に移動しただけだった)。
基本的に酒はおごらないと決めているが、話の自然の流れでおごる感じになったら、ルールを破る。
次のデートの話をする。自分が知っている面白い店について話す。

こう振り返ってみると、多くの技術を投入している自分に気づく。
人と人との会話は競技であり、行動なゲームであるということが身にしみて感じられた。
俺も会話のレベルは高くないけれど、もしもっとコミュ力の低い男からみたら「なぜ盛り上がっているのか」が分からないことだろう。
だが盛り上がっているのには理由があり、ちゃんと秘密があるわけだ。
会話は技術。つまり、もっと多くのコツを身につければ、俺たちはもっと女の子を引き付けることが出来る。
なぜなら「偶然」ではなく「技術」だからだ。技術なら磨くことが出来る。

たとえば女の子を100倍盛り上げられるのは、決して男としての価値が100倍高いからでも、生まれつきの才能が人の100倍あるからでもない。単に「他の男の100倍の、秘訣を知っている」からなので。会話という情報空間では、物理空間と違い、この倍率はどこまでも伸ばしていくことが出来る。
ちなみに、会話レベルの向上、これはどちらかといえば「垂直的にレベルを鍛える」というよりは「水平的にいろいろなバリエーションを増やしていく」というタイプのスキルだと思う。出せる手を増やそう。もっとバリエーションを作ろう。

まだまだ美女を捕まえられたわけではないけれど、この、男が8割の店内では、まあ良くやった方だろう。
これがもし俺が「美女じゃないと話しかけない」「好みじゃないと話しかけない」という行動パターンを取っていたとしたら、ここまでの学びはなかったはずだ。
俺はまだ初心者だから、今のフェーズでは量をこなして質を高める必要がある。
一時的により多く失敗するようにはなるかもしれないが、俺は成功率なんか気にしない。それよりもまずは経験値をあげることが最重要だ。

たとえば、ドラゴンクエストでレベル1の勇者が「スライムにどれだけのダメージを与えられるだろう」「7のダメージだろうか」「8のダメージだろうか」などと「思い悩ん」で、ずっと剣を振るうこと、街を出ることさえためらっていたら、なんの経験値も得られない。
ドラキーを倒せるようにもならないし、動く石像なんか夢のまた夢だ。
だから「今のレベルの自分」の「ちっぽけな成功率」をカウントして気に病むんじゃなくて、今はもっとフィールドに出かけて、剣を振るって、経験値とゴールドを持って帰るべきなんだ。
どうせ勇者が死んでも神父さんが復活させてくれるし、ゲームは何度でもやり直すことが出来る。

そしてこのゲームの良いところは、何回失敗しても「経験値」はちゃんと蓄積されていくってことだ。
失敗を重ねている間は、それが本当に自分の経験になっているのか、まるで分からない。まったく無駄な努力をしているように感じてしまう。
だけど無意識レベルでしっかりと経験値は蓄積され、あるときそれがお互いに結合しあって、一段階レベルが上がることになる。
安っぽい言い方をすれば「あたらしいじぶんをみつけた」ってやつだ。
もちろん、惰性的に通い続けるだけではなくて、意識的に課題を見つけて取り組むことはもっと大事だ。
(課題を見つけるほど面白いことはない。そいつは成長への大いなる踏み石だ。「欲しいもののためなら、時間や頭を使うことを惜しまない」って男は、やっぱり強い)

ところで俺も、普通のナンパに対する興味は募るばかりだ。
なぜなら立ち飲みBARというのは街コンや婚活パーティよりはハードルの高い場所かもしれないが、あくまでも「ナンパ待ちの女の子」がいて、男は守られている安全な場所だからだ。
だけどそれだけ競争率は高いし、選択肢は限られてくる。

こんど、BARにいる男をつかまえて、道にナンパにでも出てみようか、ということを思った。
これも「ひとりで始めて1日で成功しなければいけない」というようはゼロイチ思考ではなくて「他の男と、酔い帰りに、数組の女の子に話しかけたら成功」というような、ハードルの低いもので良いんだ。
少しずつ浅瀬から。「これなら俺にもできる」というところから体を慣らしていこう。

おっと、思ったよりも多くのことを書いてしまった。
それでは君にも幸運を!

---

余談:

この日のパートナーは女慣れしていない人だったんだけど、彼は俺よりも良いチャンスを見つけて、愛想の良い子と連絡先を交換していた。

これにはほんのちょっとした失望も感じそうになったが、彼を祝福して、冷静に状況分析をすることにした。
実は俺自身、これはまったく逆のパターンを今までに経験している。
男の相棒がが女の子たちに切り込んで、盛り上げて、その横で俺は余裕のあるクールな男として立ち、ちょっと「美味しいところをもらう」というパターンだ。(女の子から見た印象の話ね)

だがこの日は俺が「切り込み役」だった。
なぜなら「美味しいところをもらう」ことにはほとんど再現性がないからだ。
自分自身が女の子を盛り上げて、なおかつ惹きつける力をつけるには、クールに格好つけてはいられない。
どんどん女の子に切り込んで、自分の経験を磨いていく必要がある。

こうやって男は持ちつ持たれつで、良い経験を増やしていければ良いと思う。
そう、どんな男にでもこうやってチャンスはやってくる。
最も重要なのは俺や彼のように「フィールドに顔を出し続ける」ことだ。
これを習い事の練習だと考えてみよう。そうすれば「今日も稽古をすること」なんて、ほんの日常であり、取るに足らないものであることがわかるはずだ。


2016年11月3日木曜日

宝くじは引かなければ当たらない

先月はたまたまうまく行っただけで、今月はまだ当たりの感触がない。
だからまったくの初心者としてやり直している。
今月いっぱいを、ひたすら「勉強」と「練習」に使うぐらいの気持ちで良いだろう。

自分としてはにこやかに女の子に話しかけているつもりだが、何かが違う。
まだ何か俺が気づいていない「隠しパラメータ」がたくさん存在するのだろう。
これをひとつずつ解放して、そしてパラメータを伸ばしていくことが、今後の成功の鍵になってくるはずだ。
そう、どのような競技でもそうだが、初心者は全力を尽くしてやっていて「もう何も伸ばす余地がない」「もう改善できるところがない」と思ってしまいがちだが、上級者はその100倍も多くのことが見えていて「まだ足りない」「まだ改善の余地がある」と考えているものなんだ。
そしていざ自分が上級者になってみると、過去の初心者だったころの自分の「アラ」が見えてきて「あれも足りなかった」「これも足りなかった」と、なつかしく、思い出したり、する。
出会いや恋愛という分野も、他の競技と同じで、少しずつ能力を伸ばして、視野を広げていくものなのだ。

おそらくそれは、話し方だけの問題じゃない。
「相手からどう見えるか」ということに集約される。
どんなパートナーと一緒にいるか。ということも大きいように思う。

だが今の俺の目標は「このままの俺」での成功率を上げるということだ。
たとえ不利な戦いでも、頭を使ってなんとかすることは出来るはず。

俺の欠点は、会話の引き出しが少ないこと、話しかけ方がまだ不自然なこと、ノリが悪いこと、動きがせわしないこと、女の子に対しての遠慮があることだと思う。
あとは世の中で言われる「3秒ルール」が出来ていなくて、女の子の近くに行って「話しかけようか、どうしようか」と迷っている間に、その不穏な空気を感じたのか、女の子たちは遠くに行ってしまうことがある。

ただそれにしても、今までは30分も1時間も「誰かに話しかけようか、やめておこうか」と悩んでいたのだから、それよりも10倍以上のスピード感は出ている。
だがまだ「迷いの時間」は減らしていけるはずだ。それがたとえ不自然でも、格好悪くても良いじゃないか。
スピード感が上ってくれば話しかける回数もグンと上がり、失敗の回数もグンと増えて、多くのフィードバックを素早く得られるはずだ。
次からはこの「3秒ルール」を守ることをひとつの目標にしよう。
多くの女の子に話しかければ失敗の回数もかなり増えて、逆に「前よりもうまくいっていないんじゃないか」と考えてしまうかもしれない、それは今まで「できる挑戦すらしていなかった」「多くのチャンスを失っていた」ということの裏返しだ。
挑戦の回数を増やせば、失敗の回数も増えるのが当たり前だ。

だから試行回数に対しての失敗の割合を数えるんじゃなくて、単に試行の回数を数えるようにしよう。
むしろ失敗の回数を得点としてカウントするようにしよう。
空回りを続けるとだんだんと苦しくなってしまいがちだけど、そこを飄々と何も気にしていない顔をして、自分というツールで実験をおこなえばいい。
「あれ、俺、またフラれてるじゃん」「今週、何度目だよ(笑)」みたいな感じで、客観的に自分を見て、ちょっと笑ってやれば良いんだ。

ところでこの日は二回目の「血液型オープナー」を使うことが出来た。
「もしかして血液型、AB型?」
「え、あたり!」
「なんかそんな雰囲気がして」
「AB型って印象悪くない?」
「いや良いよ! ミステリアスって感じがするじゃん」

今まで会話のルーティーン、オープナーをあえて作るということをしてこなかったので、これはひとつまた貴重な経験になった。これからはたくさんの「オープナー」を武器として揃えて、育てていくことができるはずだ。

自分のオープナーを作るという「創作活動」はなんとなく億劫に感じられるというか、まだ違和感を持っている。
「そこまでやる必要があるか?」「たんに面倒臭い」といった感じだ。
だがたとえば、どこかの有名なコメディアンがまるで即興で人を笑わせているように見えて、その実はものすごい練習を重ねていた(それが即興のジョークに見えるような練習も重ねていた)という話がある。
それと同じように、女の子をつかまえるためには「用意周到な準備」が必要だ。

つまり俺は、出会いに関しての根本的な価値観を変える必要がある。
女の子と気ままに出会って、なりゆきに任せて話す場所ではなくて、用意周到に練られた作戦を持ちながら、戦略的にゲームを進めていくものなのだ。
こう考えてみよう。たとえ出会いの場にいない時でも、オープナーを考えるとか、
「仕事以外のすべての生活を、女の子をつかまえるために、またはその準備に費やしている男」を想像してみてほしい。
おそらくそいつは多くの失敗もするだろうが、少しずつ成長して、多くの成功も経験するはずだ。

そう、この世の中は「いつでもそのことを考えているやつ」「いつでも問題解決しようとしているやつ」がうまくいくようにできているんだ。
たとえばとあるゲームのプロデューサーは「どうしたら面白いゲームが作れるか」ということを1日中、頭の中で考えていたりする。
これと同じように「問題解決のために考える」ということを日常の中に取り入れていこう。

「女の子とうまくやる」というのはひとつの深遠な技術だ。
そもそも「ちょっとした努力でうまくいく」と考えることをやめよう。
もしちょっとした努力でうまくいくなら、世の中の男はここまで悩んでいたりしないだろう。
自然に「いまの自分の力」は発揮できるかもしれないが、ひとつ上のレベルを目指そうと思ったら、戦略的な努力が必要だ。
これをひとつの重要な技術だと考えて、じっくりと取り組んでみよう。

たとえば英語を勉強するにしても「1時間勉強したら話せるようになった」ということは絶対になくて、生涯学習として続けて良いような分野だ。
だが俺たちはこと恋愛となると、なぜかそういう練習なしに「うまくいこう」「うまくいくだろう」と考えてしまっている。
もしくは「成長のためには練習が必要だ」ということこそ理解しているが、必要な練習や努力の量を、ものすごく低く見積もってしまっている。

だが恋愛はむしろ「人間の心理」という、わかりづらい技術を扱う分野だ。
なぜそれなのに俺たちはどうして「テキトウにやってもうまくいく」と考えてしまうのだろう。
これは俺は、自分が思うよりも10倍の努力をしても良い分野だと思う。
それだけの価値がある。
もし今がうまくいっていないということは、それは勉強や練習の量が10倍足りていないってことだ。
そんな努力で成果を求めようとすること自体が間違いなんだ。

「欲しいもののためには努力する」「創意工夫を惜しまなければ最速で成長できる」「創意工夫できる男になるのも練習のひとつ」

閑話休題。
ところでなんとなく思ったことは、女の子とうまくきっかけが作れるかどうかは、本当にタイミングによるところが大きいんじゃないかということ。
たとえば話しかけた時のちょっとした角度、ちょっとした動作、そのときの女の子の気分、シチュエーションなど。
だからたとえ同じ男が話しかけにしても、タイミングによってまったく結果は変わってくる。
この条件に関してもまずそれを理解し、偶然を支配できるようになれば、かなり強いと思うのだけど。
そんなことが可能なのだろうか? 試さなければ分からない。試してみよう。

まあ、最初の頃はあまりタイミングを気にしすぎずに、まずは1000人の女の子に話しかけてみて、ようやくぼんやりとコツが分かってくるぐらいの気持ちでいよう。
なぜならこの店では女の子は、男なんか「選び放題」なわけだから、最初のちょっとした印象で「話す」か「話さないか」を決めることいなる。
だからこの店は、男女のペアをぐるぐると入れ替えながら、アトランダムに相性の良いペアを抽選しているようなものだ。

いつものことながら、店をよく見渡すと、1分前には女の子と楽しく話していた男が、もうフラれてしまっていたりする。
「今、楽しそうに話している男女」も、もしかしたら10組目でようやくたどり着いたペアなのかもしれない。
今日は楽しそうにしているけど、昨日は悲しく帰ったのかもしれない。
今年は実力をつけたけれど、去年は泣いて帰る日ばかりだったのかもしれない。

つい俺たちは「今、うまくいっている男」を見てテンションを下げてしまう部分があるけれど、それは幻想かもしれない。
たとえばお笑い芸人でも誰がヒットするのかは事前には誰もわからない。
それと同じように「誰が女の子にヒットするか」というのはある部分は、予測できない領域にあると考えよう。

だから「自分だけが試行錯誤している」「自分だけがうまくいっていない」なんて考えずに、ひたすらトライを続けて、ひたすら確率論で女の子に声をかけていこう。そして振り向いてくれた子は大事に扱おう。

挑戦しない男には何も廻ってこない。宝くじは引かなければ当たらない。宝くじをたくさん引こう! 

2016年11月2日水曜日

心から今日を楽しむのは脆弱さの証明じゃない

笑ってしまうかもしれないが、この日の目標は「リラックスしながら、楽しんで話すこと」だ。
俺はこの日、ささやかながら、その目標を達成した。

女の子を捕まえることが目標じゃないなんて、本当なのか? と思うかもしれない。
だがこのゲームは長期戦だ。まずは初心に戻って、基本から作り直すことも大事だ。

最近の俺は成果を焦って緊張していた。
顔も強張っていただろうし、話し方も不自然だったはずだ。
だからこの日は、リラックスして、この店で飲むこと自体を楽しむことを目標にした。「自分作り」の一環だ。

俺にとって最も大事なことは、フィールドに「通い続ける」ってことだ。
そのためには、あまり辛い思い出ばかりではいけない。
女の子がつかまる、つかまらないに限らず、この店に来ていることを「本当に楽しむ」という経験が必要だ。
そう、女の子を捕まえることなんか二の次で、まずは自分が楽しむこと。すべての時間で楽しめる自分を作ることが最優先だ。

そうすると他の人とも話しやすいし、店員さんからも話しかけられる。
それは自分が「楽しんでいて、話しかけやすい男」になっているからだ。
この現象は今までに何度も経験していて、自分がリラックスした状態でニコニコしていると、他の女の子と目線が合ったり、他の男から話しかけられたりするのだった。
そして目の前で女の子と話していても、自分が焦って話を見つけるのではなくて、逆に質問を受けるようになる。やはりこの店で「楽しんでいる男」になることは、本当に重要なのだ。

自分がそういう気持ちでいると、他の男が「つまらなそう」だけど「ギラギラ」している感じで店に入ってきたときに、ものすごくそれが身につくし、よくわかる。
「ああ、女の子を捕まえにきたんだろうな」「でも、つまらなそうな顔してるなあ」といった感じ。
まったく人間というものは、自分の心の状態が人には分からないと思っていて、実は全部出ているということに気づいていない。
特に、自分の印象作りを心がけていない男なんか、心の状態が筒抜けだ。
もし俺が女なら、そんな奴らとは話したくないだろう。

人間の印象っていうのは本当に大事だ。
言葉の内容より、アプローチの技術より、まずは雰囲気だ。
その場所にいることを楽しんでいるということは、確実に女の子にも伝わるからだ。
これが「楽しむ」っていう軟弱な日本語でしか表現できていないことがもどかしいのだけれど、本当はもっと重要なことを指し示したい。

さて、この日は本当に人が少なくて、しかも一番混み合う時間帯も、男が8割という感じだった。
だがこの日の目標は「リラックスして、楽しく話す」ことだったので、俺は男女構わず声をかけた。
店内全員に話しかけてみようかと思ったが、実際に話したのは1割、2割ぐらいの人々だ。

常連の男と話し、初対面の女の子と話、初対面の男共話す。
男と話していて、時間が惜しいとは思わない。どうせこの日は男が8割だ。ほとんどの男は女の子がつかまらずに退屈そうに過ごしている。
「男と話す」には絶好のシチュエーションだったかもしれない。
なぜなら仮に、可愛い女の子が5割なんていう最高のシチュエーションであれば、どんな男も、俺だって女の子を捕まえることに夢中で、他の男のことなんて目にも入らないだろうから

この日の俺は、一番最初の目標を見失わず、心が彷徨い始めそうな時には、センタリングをして「自分がリラックスすること」に意識を戻した。

ひとつ意外だったのは「こいつ、絶対に話しかけても冷たく返すタイプだろう」と俺が思った男(女の子ではない)でも、いざ話しかけてみると、意外とフランクな奴で、明るく返してくれたことだ。
人は見かけによらない。見かけによる場合もあるが、よらない場合もある。
これは女の子にも言えることで「きっとこの子、こんな子なんだろうな」と先入観を持っても、それは外れる可能性の方が高いということだ。
むしろ自分の先入観が、相手を「そういう奴」にしてしまう危険がある。
つまり女の子に対して「きっとこの子は冷たいはず」とか「男なんて求めてないはず」と思いながら話しかけると、それが実現してしまう可能性が高いのだ。

だから女の子を見たときは、なるべくこう思いながら話し掛けよう。
「この子はきっと優しいところがあるはず」「この子は絶対、いい出会いを求めてるはず」ってね。

ところでこの日は、20代の既婚者の女性がいた。それが森山未來に似たシャイな男を捕まえて話していた。
俺が男に「カップルですか?」と聞くと、違う。今日会って話している関係だということが分かり、しばらく

自分が既婚者だと言いながら、なおかつこのBARに来て男をつかまえるというのは、どういう気持ちなのだろう。
俺は確実に、浮わついた気持ちがあると思う。
彼女と話していると、すごく運命的なものを重要視する考え方であることが分かった。たとえば、ひとつのエピソードはこうだ。

彼女がかつて道で、まるで漫画のように、自転車を端から端まで「どたーっ」と倒してしまっている男を見かけたらしい。
彼女はその時、その男に話しかけるか話しかけまいか迷って、急いでいるので話しかけずに通り過ぎたらしい。
だけどそのことを今でも、本当に悔やんでいると、彼女は言った。
「もしあのとき彼に話しかけていたら、まったく人生の別のルートを追っていたかもしれないのに」というようなニュアンスの話だ。

これはまさに、運命を信じる女性。一瞬のロマンチックな出会いを受け入れやすい考え方。
表現こそ間接的ではあるけれど、「浮気をしたがってる」女の子の考え方だと言える。

そして既婚者は「そろそろ夫がBARが来る」と言いながら、なぜか森山未來似の男の子と帰っていった。
あの後、どうなったのだろう。彼女と彼が、うまくいっていると良いのだが。

そしてその後の俺は、とある三人組の男と、女の子の捕まえ方について話し合ったりしていた。
フィールドに8割が男っていう日だが、向こうに女の子二人組が見えたので、俺たち全員で話しかけにいく。
最初に女の子たちを見つけたのは自分だ。そして、他の誰に任せるのでもなく、俺は率先して女の子たちに話しかける。
こういう時、他の男をアテにしてもまったく意味がないし、経験にもならないし、自分ひとりの力で率先して動く必要があるということは、俺は今までの経験から理解している。

まあ、彼女たちはあまり可愛くはなかったのだけれど。
皆、あまりテンションが上がりきらずに、LINEも聞かずにテキトウに話して、そして店は閉店の時間になった。
なぜか男の中のひとりが、俺にビールをおごってくれた。(笑)

そして、その中の別の男とは、別の日にも立ち飲みBARに行く約束を決めたのだった。
そう、男のパートナーは、女の子を捕まえるための強力なツールになる。

まあ、自分ひとりで行動できるようになることが一番の目標なのだけど。
たまにはチームでタッグを組んで、共闘することも悪くないだろう。

俺が基本ひとりで行動するのには理由があって、もしひとりでも女の子を自由に捕まえられる男になれば、最強じゃないか。
RPGでパーティーを組まずにボスを倒すようなものだ。
俺は「友達がいなきゃ何もできない男の子」なんかになりたくない。俺がなりたいのは、ひとりでもちゃんと行動できる大人の男だ。
だから俺は基本的に一人でこの店にきている。
(ただ、信頼できるパートナーがいた方が成功率が上がることは見込まれるので、お互いにひとりでも行動できる男であることは大前提で、日によっては、今後誰かとタッグを組んでみても良いかもしれない)

あとはフットワークが軽くなる。いつも他の男を誘って店に行かなければいけないなら、週に3回も4回も都合を合わせられないだろう。
ひとりの強さというのは、気軽さだ。他の男が「オトモダチがいなきゃひとりで来られない」状態をさしおいて、いつでもBARに来て、いつでも経験値を積むことができる。
女の子に話しかける時だって、男同士で「どうする?」「どうしようか?」と相談することもなく、自分の一番良いタイミングで話しかけにいくことができる。
そう、大人の男は自分の判断で、自分が決断して動くものだ。
友達を頼りになんとなくノリで話しかけ続けても、それは大人の男の証明にはならないだろう。

さて相変わらずだが、飲んだ記憶は放っておいたら薄まるものだ。
だがこうして文章として書き起こすと「実はこんなにたくさんのことが起こっていたんだな」と改めて気付かされる。
今日もキーボードを触るまでは「あんまり書くこともないしなあ」ぐらいに考えていたのだが、とんでもない。
短い時間にも多くの出来事があり、多くの課題、反省点があった。

どのぐらいの「彩度」で経験を受け取るか。細かく課題を見つけるかということは、自分の成長スピードに大きく影響してくる。
俺はまだまだオープナーが弱い。最初に話しかけて冷たい女の子たちに、食いついて心を開かせることが出来ていない。

この日は「血液型、当ててあげようか」というオープナーをはじめて使った。
結果としては滑ったが、このオープナーを磨き上げていく道だってあるだろう。
まず「オープナーを用意する」「それを実践して磨き上げる」という発想ができたこと自体が大きな前進だ。
言ってみれば、何も装備していなかった部位に、まったく新しいアイテムを見つけたようなものだ

今までの俺はとりあえず女の子に話しかけて、あとは状況のままに話を続けるだけだったからだ。
今後は自分のオープナーを探して、身に付け、磨き上げていったら良いと思う。
第一「次はどんなオープナーを使おう」「次はもっとオープナーをうまいこと使おう」なんて考えていたら、毎回発展があって楽しいばかりじゃないか。

そう、こうやって俺たちは「やがて来る成功」「やがて出会うであろう理想の女の子」に対して、ひたすらの練習を積んでいくわけだ。
目の前に見えているものは全てではない。すべては「準備」でもあり、すべては「本番」でもあり、最終的な目標に辿りつくまでも階段なのだ。
そして俺は、まだこの階段を登り始めたばかりだ。
俺は人生の中で、自分の出来るところまでこの階段を登りたい。
これからの人生で「運命を感じる人と出会ったけれど、アプローチの仕方が分からなくて何もできない」なんてまっぴらごめんだからだ。
アプローチの仕方を覚えるということは、男にとって使命みたいなもんだ。
みんな理想の女の子を見つけたいし、そのための努力であれば代価を惜しまない。
皆があらゆる手を尽くして努力しているのだから、俺もそれに負けないように努力して、もっとパフォーマンスを高めてゆく。

だけどそれでも俺たちは、本当のアスリートに比べたら、草野球にも及ばないレベルの、なんてレベルの低い戦いをしているんだろう。
だから自分を「よく頑張っている」なんて思わずに、まだまだ練習が足りない、まだまだパフォーマンスが低い、成長の余地があると考えることだ。本当にそうなのだから。
勉強できることがあれば、残さずすべて勉強した方が良い。
能力が伸ばせる余地があれば、それを可能な限り伸ばした方が良い。

それでは、君にも幸運を!




2016年11月1日火曜日

女の子におごる OR おごらない問題

今日の具体的成果は、彼氏のいる音大生の子ひとりと連絡先交換をしただけだ。残りの時間は貴重な経験値に変わった。

今月四人の女といいこと行って、良い気になっていた俺だ。おそらくビギナーズラックに恵まれていたのだろう。
「普通の子」と「幸運に恵まれてうまくいくこと」ぐらいはあるものの、「それより可愛いめの子」と「実力でうまくいく力」はまだまだ足りない。
来月の11月から、初心者に戻った気持ちで頑張ろう。

成果がないということは、男にとってかなり辛い。
「経験」だけを持ち帰るなんて、まるで負け犬の強がりみたいに思えてしまう。
だがこのゲームはスポーツだ。負けても学べば、そこから課題を見つけて、次に活かすことができる。
どうせこのゲームに負けても死なないし、日常生活に何の支障もない。気楽にいこう。

ところでこの日は、平日だがハロウィンで賑わっていた。
「学年でも上位」ぐらいの、目がクリクリした可愛い中華コスプレの子と目が合って、話も盛り上がって、飲んでいた。
ふたりともグラスが空になったので、一緒に2杯目を頼みに行く。
ところが彼女はレジに立つと「財布を忘れた」と言って、いちどテーブルに帰っていった。
そこから態度が急変して、何を話しても冷たくなってしまった。
どうやら俺におごってもらう算段だったらしい。

もうひとり、全身トマトのコスプレをした女の子もいた。
この子も若くて、顔も可愛い感じ。一緒に飲み物を頼みに行く。
こんどはおごらされないように、彼女をちゃんと先にお会計させる。
ところが彼女はなんと、お金を持たずにレジに立っていた。。。
とりあえず俺が会計を立て替える。そして後から彼女に代金を請求する。(「おごってあげれば良いのに」と思われたかもしれないが、自分で作ったポリシーを理由なく曲げる方が、おそらく後悔していたことだろう)
その時点から、この子も、態度を変えて話してくれなくなった。

この日は「おごり目的」の、しかも可愛い女の子ふたりと出くわしてしまった。
これは難しい問題だ。もしかしたら、俺がおごった方が仲良くなれていたのかもしれない。
だが逆に、おごったらおごったでその時間は楽しく過ごせるが、結局「おごらされただけ」で、都合の良い男で終わっていたのかもしれない。そのどちらかは分からない。

女の子は「おごり目的」だったのかもしれないし、もしくは悪気なく「おごられるのは当たり前」のことだと思っているからこそ「おごらない男」がマイナスに思えたのかもしれない。
そのどちらかは分からない。

けれどいったん俺が今後「女の子におごる男」コースを選んでしまったら、ひたすらにお金を費やすばかりだ。
せっかく男を上げるため、費用節約のためにも立ち飲みBARに来ているのに、それでは本末転倒だ。
かと言って、無意識にも「おごりを期待している女の子」に対して、その逆を叩きつけるのも良くない。
どうにかのらりくらりと、決しておごらずに、なおかつ、うまくいく方法はないだろうか。

たとえば、こんどからは女の子にお金を渡して「俺の分も買ってきて」とでも頼んでみようか。
あとはレジに立ってから「なんだよ、おごらないのかよ」と思われるのを避けるために、事前になるべく「おごりそうな雰囲気」を避けること、とか。
まあ、100%おごりだけが目的の女の子相手であれば、どちらにせよ頑張る意味はないのだけれど。

俺個人的な考えとしては、出会ったばかりの男に当たり前のようにおごりを求める女なんて、常識はずれも過ぎると思うのだけど。

ところでこの日、ある男は女の子に飲み物をおごったが、彼女はすぐに他の男たちと話に行っていた。だが男は楽しそうだった

もうひとり別の男は、女の子四人に酒をおごってやったものの、どうやら奥手のようで、まったく会話の輪に入れずにいた。

ここだ。女の子におごってやったからと言って話がうまく進むわけじゃない。
だが、いかにもおごって良さそうなシチュエーションでおごることを拒むと、印象を悪くしてしまうという、ジレンマ。

よし、こんなのはどうだろう。女の子にこう言う。
「おごるのは良いけど、ほおにキスしてもらうよ」とか。
交換条件を突きつけてみる。こうすれば、俺がたとえおごらなくても、それは彼女が交換条件を拒んだせいだ。
もし俺がおごったなら、彼女は俺の頬にキスせざるを得なくなる。もしそうしなければ、ただの泥棒だ。

これは極端にしても、なんらかの交換条件をつけた方が、単にけち臭くならないというのは正解だろう。

ところで今回、俺自身の話の欠点も見えてきた。
それは自分を「余裕がある男」に見せようとして、話を切り込めていないこと。「こんなこと言ったら変だろうか」「むりやり話に割って入ったら悪いんじゃないか」とかいう風に考えてしまって、遠慮が大きいこと。
つまり、「クールの罠」にはまりこんでしまう傾向にある、ということが分かった。
男はひたすら、自分から接点を作り出さなければいけない。それが自然であればなおさら良いが、まずはどうにかして接点を作り出すことの方が先決だ。遠慮は何の薬にもならない。

あとは基本的に自分が落ち着いた話をする方なので、皆がテンションの高い立ち飲みBARでも、ゆっくりとした話し方をしてしまいがちなこと。
これも「クールの罠」だ。
もちろん落ち着いた話し方で女の子を引き込むこともできるだろう。
だがそれには「自分のペース」で「相手のペース」を巻き込まなければいけない。わりと高度な技術かもしれない。

俺の場合は、どちらかというとちょっとおどけて笑わせるぐらいの方が、女の子も楽しませられるし、良いような気がしてきた。
これも、何度も地道に立ち飲みBARに通ってきて、肌で感じてきている経験則だ。
そう「どんな女の子に対して、どんな自分がウケるのか」というのは、本当に経験を増やして、推測しながら色んなアプローチの仕方を試してみて、身につけていくしかない。
そう考えると、たとえ今日がどんな結果に終わろうとも、アプローチを続ける限り、失敗というものは存在しないのだ。
「ウケない自分」は改善して「ウケる自分」は伸ばしていけば良い。

そして何より、これを強く「練習すればうまくなるゲーム」だと考えて、毎回反省を活かして、昨日よりプレイがうまくなることだ。
今日も立ち飲みBARに行って良かった!!

今後は「クールの罠」にはまらずに、どんどん女の子に対してアプローチをかけて、フィードバックを得ていくことにしよう。ケーススタディは多ければ多いほど良い。それが経験を積むということだ。

けどあの中華服のコスプレの子、性格は悪そうだったけど、本当に顔は可愛かったな。。。。