2016年11月6日日曜日

ストリート声かけのど素人が自宅で練習した話

この日は1日中、ストリートナンパの音声を聞いたり、ナンパ本を読んだりしていた。
あとは自宅でひたすら、ナンパ声かけのセリフを考えたり、練習したりしていた。

Youtubeにアップされている音声や雰囲気を、まずは自分の口でコピーする。
それをだんだんとアレンジしていく。というか、何回も練習していたら自然にアレンジが加わっていった。
文面で書くとかなり寒いと思うが、たとえば「イタリア帰りの日本人」という設定とか。
「友達の誕生日パーティー帰りで気分が良くて話しかけてしまった」とか「友達が30分だけドンキホーテに行ってて暇」だとか。
「自分は人を一目見るだけで、その人が良い日とか悪い人か、分かる能力がある」とか。
勝手に妄想が広がって、バリエーションが広がっていった。
ナンパのシナリオ、たたき台を作るというのはこういうことなんだなと思った。

あとはたとえば、声をかけて、すぐに相手が去ってしまうパターン。最後まで話しきるパターンとか。色々なパターンを想定して「去られ際の明るい捨てセリフ」とかも考えたアリしていた。
これを繰り返していると、自宅で練習しているだけで緊張を感じた。
自宅で練習しているだけで緊張するのに、ストリートではとてもできないとも感じたりした。
だがこれも「何もしない」よりは一歩の前進だ。

練習でうまくいったからといって、本番でもうまくいくとは限らない。
だがしかし。練習でうまくいかないものは、本番でも絶対にうまくいかない。
ナンパは全てのスポーツ、武道に通ずるものだという認識を深めた。
というよりも、ナンパはコミュニケーションの武道だ。
どんなスポーツ、どんな武道でも「ひとりでの練習時間」があり、それがすごく重要になる。

「自宅での練習」をオススメしているナンパブログはまだ見かけたことがないけれど、ナンパが技術だとするならば、これは絶対に必要なプロセスのはずだ。
本を読んで知識を得て、モチベーションを高める。
自宅で練習して、本番のための準備をする。
そして本番で成果を試して、それがまた経験と課題になる。
この全てのプロセスがバランス良く必要なのではないか。

ところで、この繰り返しの練習でひとつ分かったことは、雰囲気というものはかなりの程度、好きなように自分で作り出せるということだ。
たとえば、とある有名な、猫のような明るくて人懐っこい話し方をするナンパ師。
その音声を聞くと、まったく天性のものであるとしか思えないほどの「愛らしい話し方」をしている。
だけどその音声の話し方をコピーしようとすると、自分の話し方にもその「愛らしさ」「人懐っこい笑い方」が備わってくるようなのだ。
人は話し方も変えられるし、笑い方も変えられる。雰囲気も変えられる。
そもそも、そのナンパブログの著者は、音声に対してテキストで事細かな解説をつけていて、雰囲気も「作りだしたもの」であることがうかがえる。
(というより、雰囲気を作り出せなかったらナンパはできない)

ところで雰囲気を作り出すこと、話し方を変えるということは自分以外になるということではない。
なぜなら我々は無意識に規定された「自分」という枠を、「自分らしさ」だと思い込んでいるだけだからだ。

そんなことを考えながら、ずっと脚本の練習をしていると、いつの間にか時間が経っていた。
自宅で仮想の相手と話しているだけで、かなり疲れてしまった。

そして街に出る。今日は美容室に行く。
これも話す練習だと思って、女性美容師さんと
店員さんだから応じてくれて当たり前なのだが、かなり盛り上がった。
愛想笑以上の手応えを感じた。
ふだんなら感じていた「ちょっとした心の抵抗」や「話疲れでの集中力の低下」を、うまく避けることができた。
「気軽な自分」を抽出することができた。

かなりウキウキした気分のままで街に出る。
この気分のままなら気軽に女の子に話しかけられそうだったけれど、やはり話しかけようとすると行動にストッパーがかかる。
だけど以前よりも心の緊張感自体は低下しているようだ。

まずは一杯、いつもの立ち飲みBARで飲んで、1組だけの女の子たちに話しかける。
「ナンパのフレーズの練習台にしよう」と思ったけれど、いつもよりも意識してしまって、かなり不自然な声かけになってしまった。
今日は夜に普通の友達同士の飲み会があるから、すぐに店を出る。

誰かに話しかけようとするが、とても自宅で練習したような「ナンパチックなフレーズ」では声をかけられそうにない。
俺は「人に道を聞く」という、心理的抵抗がはるかに低いメソッドに切り替えることにした。
それでも、俺は人に道を聞くことでさえ、今まではできなかった。たとえ本当に道に迷っていても、それがおばちゃんでもおばあちゃんでも、見知らぬ人に話しかける抵抗を感じた。
というより、駅員さんに道を聞くことでさえ、ためらうタイプだった。

街コンや飲み会で「お互いに話しても良いお膳立て」が出来ている場合にはすらすらと話せるのだが、
コミュニケーションの「第一ステップ」「自分から接点を作り出すこと」は、本当に人より苦手なタイプだった。

そんな俺が「本当は道を知っているのに、女の子に道を聞く」というのは、かなりハードルが高いことだったのだ。
だがこの日は、3組の女の子に「ただ道を聞いた」。ナンパのフレーズは一回も出していない。
そのうち2組は親切に教えてくれた。1組は「あ、そういうの分からないんで」と立ち去っていった。
そして自分たちを自撮りしている女の子に「撮りましょうか?」と話しかけた。
こうやって、俺は決意の日に、100%の地蔵であることは免れたのだった。

すでにナンパをしている人からすれば、なんとレベルの低い話だと思うかもしれない。
だがたとえば子供は最初、自転車にサドルをつけて走る。
それを「サドルをつけてて恥ずかしいんじゃない?」と言う人がいるだろうか?
それと同じように、まずはサドル付きでスタートしてみた自分だ。
俺はこれを誇らしいと感じた。なぜならとにもかくにも、俺は行動を取ったからだ。
ゼロイチではない。50よりは100の方が良いが、0よりは1の方が良いに決まっている。
そして0と1の間にはものすごく大きな価値の違いがあるのだ。
低い得点を取ることを嫌わないようにしよう。テストを受けないよりは、テストを受けて1点を取ろう。

おそらく初心者が「レベルを下げてゲームをプレイすること」は、ゲームを楽しむためにすごく重要なことだ。
むしろ「レベルを下げる」からこそ今後の「レベルを上げていくこと」ができる。
まずはレベルのいかんをとわず、ゲームに加わること。参加した時点で目標の50%は達成している。そして、プレイしないゲームはクリアできない。

ということで俺は、次の「極限までハードルの低い声のかけ方」はなんだろうと考えている。
この日練習した「ナンパのプロみたいな、気の利いた展開」ではなくて、もっと野暮ったくて、もっとシンプルなものにしよう。

たとえば「おつかれっす」「あ、キャッチとかじゃなくて、ただのナンパのど素人なんですけど」「お姉さんカフェとか無理っすよね」「あ、ですよね。すんませーん」みたいな、うまく断られるためのやつ。
そうだ。ナンパを最初から成功させようとするから、緊張してしまうのではないか。
まずは「多くの女の子に話しかける」「そして断られる」ことを目標に、極限まで、自分が傷つかない守りのフレーズを考えてみる。
なぜなら、ナンパというのは心が折れてしまうことが一番の危険、落とし穴だと聞く。つまり自分のモチベーションを保つことが本当に重要な世界なのだ。

守りの姿勢を「男らしくない」と思う男もいるだろうが、実はこれが、何の問題もない。
なぜなら一番男らしくないのは、何の行動を取らないことだ。
そして完璧を求めすぎたり、深く傷つきすぎたりすると、次の行動が取りづらくなる。
つまり戦略的に「最大限、傷つかない戦略」を取っておきながら、行動の回数を増やすというのは、臆病ではなく戦略なのだ。
そして経験が増えてきた段階で、もう少し自分への負荷を上げて、もう少し大胆な手法を取るようにすれば良い。

俺の場合、これから1ヶ月は「人に道を聞く」「傷つきにくい声かけ」をひたすら続けても良いぐらいだと思う。
そもそも立ち飲みBARに通い始めた時も「年末までは誰とも話さず、毎日通い続けるだけで良い」と、ハードルを極限まで下げて、行動主義で臨んだ俺だ。
浅瀬から入って、だんだんと深いところまで入っていく。無理だと思ったら引き返して、また明日チャレンジする。

しかしそんなことを考えていた俺が、想定よりもずっと早い段階で、ナンパにまで興味を持って、そして行動を起こすというのは、思い返せばすごい状態だなと思う。
これを「ナンパをしようと思ったけど、道しか聞けなかった」と考えるか。
「立ち飲みBARですら苦手意識のあった俺が、2ヶ月でナンパにすら挑戦するようになった」と考えるかは自由だ。
人は案外、自分の成長に関しては無自覚なもので、つい「足りない部分」ばかりを見てしまうが、時には振り返って、自尊心を高めてみるのも良いだろう。

人生は行動したものの勝ちだ。行動するためならば、どんどんハードルを下げて、
成果は急いて求めるな。行動の重要度を引き上げよう。成果よりも行動が10倍尊いと考えるようにしよう。
成果の数ではなく、行動の数で自分を評価するようにしよう。

たとえグズグズしている自分でも、なにかを「しようとしている」ならば、それも行動のうちにカウントして良い。
色々な調べ物をしたり、先人のブログを読んだり、音声を聞いたり、フレーズの練習をしたり。
そういった行動のすべてが、実は「成果」なのだ。

それでは、君にも幸運を。



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